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東京地方裁判所 平成2年(ワ)5368号 判決

原告

株式会社スズキ宝飾

右代表者代表取締役

鈴木武士

右訴訟代理人弁護士

東谷隆夫

櫻井一成

右訴訟復代理人弁護士

岩田光史

被告

日本通運株式会社

右代表者代表取締役

長岡毅

右訴訟代理人弁護士

原田昇

主文

一  被告は原告に対し、金一七五万二〇三六円及び内金一五九万二七六〇円に対する平成元年七月二三日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その二を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、金四五九万一九〇〇円及び内金四〇九万一九〇〇円に対する平成元年七月二三日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一本件は、運送会社が預かった宝石を紛失したのは運送会社の重大な過失によるとして、当該宝石の荷受人で、宝石の所有者に損害賠償をした宝石会社が運送会社に対し不法行為による損害賠償を請求した事案である。

二争いのない事実

1  被告は、貨物の運送業等を営む株式会社であるが、平成元年七月二三日、鈴木工芸から房州通運株式会社を通じて原告(東京都台東区〈番地略〉)宛てに、荷物一個を被告のペリカン便で運送する依頼があり、被告はこれを引き受けた。

2  右記載の荷物は、引受後、被告千葉支店千葉ターミナル事業所(千葉市新港〈番地略〉所在)及び被告東京自動車支店東京中央ターミナル(東京都江東区〈番地略〉所在)を経由して、被告神田中央支店(東京都千代田区〈番地略〉所在)に運送した上で、原告に配達する予定であった。

3  しかし、右荷物は原告に配達されず、後に同月二三日午前一一時ころから同月二六日午後六時ころまでの間に右経由で運送する途中で紛失したことが判明し、同年八月四日、被告の千葉ターミナル事業所長成田由夫が千葉中央警察署に盗難被害届けを提出した。右荷物の紛失の経緯は未だに不明である。

三原告の主張

1  原告は宝石の卸売・販売・修理・加工等の営業をする株式会社であるが、ダイヤの裸石一個(時価金八五〇万円)を株式会社藤崎に売却し、右藤崎は真山順一に掛売りで右ダイヤを金三七三万円及び消費税一一万一九〇〇円で売却した。

2  原告は右真山から右ダイヤリング加工の依頼を受けて、これを同人から預かり、原告子会社の鈴木工芸(鈴木利明)の館山工場に送り、鈴木工芸は、右ダイヤに枠加工を施し、金一五万円の付加価値をつけるリング加工を行った。

3  鈴木工芸は、平成元年七月二三日、訴外房州通運株式会社(館山市北条〈番地略〉所在、以下「房州通運」という。)を通じて、被告のペリカン便に右ダイヤ一個(以下「本件ダイヤ」という。)と原告から鈴木工芸が修理加工のため預かっていたルビーの指環一個(金一〇万円相当、以下「本件ルビー」という。)の原告宛ての運送を委託した。

4  右宝石二個(以下「本件宝石」という。)は、前記の経路で原告宛てに運送される予定であったところ、被告の神田中央支店に到着せず、右運送過程で紛失したもので、その紛失の経緯は未だ不明である。

5  被告は大量に運送品を取り扱っている運送会社であり、運送人である被告の支配下に移った後の品物の保管・管理については万全の注意を尽くす義務があるのにかかわらず、運送品である本件宝石を紛失し、その経緯の判明しないことは、被告の保管・管理体制の不備を示すものであり、被告には重大な過失がある。また、被告は、代理店である房州運送に対し、引受拒絶品目を受諾しないよう指導監督すべき義務があるのにこれを怠り、本件宝石を預かり紛失させたものであり、代理店に対する指導監督に重大な過失がある。

6  原告は、被告の本件宝石の紛失により、次のとおり損害を被った。

(一) 原告は右真山から預かっていたダイヤを右紛失により返還できなくなり、真山が藤崎に支払うべき売掛代金三八四万一九〇〇円を平成元年九月二八日に真山に代わって藤崎に代位弁済し、同金額の損害を被った。

(二) 原告は真山から本件ダイヤの加工代金一五万円を取得できなくなり、同金額の損害を被った。

(三) 原告は第三者から預かっていた本件ルビーを返還できなくなり、金一〇万円の弁償をし、同金額の損害を被った。

(四) 原告は被告が損害賠償義務を履行しないので原告代理人に依頼して本件訴訟を提起せざるを得なかった。そのため原告は弁護士費用として金五〇万円を支払い同金額の損害を被った。

7  よって、原告は被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として金四五九万一九〇〇円及び内金四〇九万一九〇〇円に対する不法行為の日である平成元年七月二三日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

四被告の主張

1  (重過失の不存在の主張)

原告主張の事実のうち、被告に重過失があるとの点は否認し責任があるとの主張は争い、前記争いのない事実を除くその余の事実は知らない。宅配便は大量の荷物を低廉な金額で迅速に配達することが要求されており、必然的に希に生じる紛失等の事故を完全に防止することは不可能であり、不法行為責任を負うとしても故意又は重過失に限られるべきところ、ただ紛失したこと及びその経緯が不明であることのみで故意又は重過失があるとはいえない。

2  (不法行為責任の不存在の主張)

運送契約の目的物である運送品の滅失毀損については、その特殊性により運送契約上の債務不履行責任のみが問われるべきであり、不法行為に基づく損害賠償請求権の成立する余地はない。

仮に債務不履行責任と不法行為責任の競合が認められるとしても、運送品の取扱上通常予想される事態ではなく、契約本来の目的を著しく逸脱する態様において、運送品の滅失毀損が生じた場合には、運送人に対する債務不履行に基づく損害賠償請求権と不法行為に基づく損害賠償請求権との競合が認められるが、そうでない場合には、債務不履行責任のみが認められ、不法行為に基づく損害賠償請求はできないものと解すべきであり本件においては契約本来の目的を著しく逸脱する態様において生じた運送品の滅失ではないから、不法行為責任の生じる余地はない。

3  (宅配便約款等の準用又は類推適用による免責の抗弁)

鈴木工芸が依頼した本件の「ペリカン便」は、道路運送法第三条第二項第四号所定の一般路線貨物自動車運送事業に属する小口貨物運送サービスである宅配便事業であり、宅配便については、昭和六〇年九月一九日運輸省において同法第一二条第三項に基づいて標準宅配便約款を制定公示したことに伴い、被告において右標準約款に従って運送契約を定めているところ、同約款第三条には、荷物の運送を引き受けるときは荷送人、荷受人に関する事項、荷物の品名、運送上の特段の注意事項等を荷送人が送り状に記載し、これに責任限度額等一定の事項を被告が記載する旨、同第六条には、被告が運送を拒絶する場合を列挙し、その第六号のイは「その他当店が特に定めて表示したもの」を掲げ、同第二三条第二項には、右第六条第六号に該当する荷物については、当店がその旨を知らずに運送を引き受けた場合は、当店は荷物の滅失毀損又は遅延について損害賠償責任を負わない旨が定められており、右第六号のイの品目として「荷物一個の内容品の価格が三〇万円をこえるもの」及び「ダイヤモンドなどの宝石類」等を具体的に定め、これを約款と共に房州通運を初めペリカン便取扱事業所の店頭に表示し、右責任限度額及び引受制限貨物は、運輸省関東運輸局長に報告している。その趣旨は、宅配便は、大量の荷物を低廉な料金で迅速に処理するシステムによって運送を行うことにより、一般消費者の要請に応じるものであり、画一的に処理されること、多数の貨物を混載することなどから危険品、高価品、易損品等運送上特別の注意を要する荷物に対しては、適切に対応できないことが多いので、宅配便の輸送システムに適合しない荷物については、約款に違反するものとしてその引受けを拒絶できることにし、その責任を軽減しようとしたものであり、その趣旨に鑑みると、右約款は、その運送の目的物の滅失を理由として不法行為に基づく損害賠償を請求する場合にも準用ないし類推適用されるべきである。そして本件では、鈴木工芸は房州通運館山営業所において本件荷物をペリカン便により被告に運送依頼をするに当たり、その店頭に前記約款及び取扱いできない品目が表示されており、かつ、備付けの送り状用紙にも「ペリカン便では三〇万円を超える高価な品物はお引受いたしません。万一ご出荷されましても損害賠償の責を負いかねます、その他は宅配便約款によります」と明示されているにもかかわらず、送り状の品名欄及び荷物の価格欄には何の記入もしないまま、運送依頼をしたものであり、被告は本件荷物の内容品が原告主張の宝石類であることを知らずにその運送を引き受けたものであるから、右約款第二三条第二項により、被告は損害賠償責任を負わないものというべきである。

4  (責任限度超過と予見可能性の欠如の主張)

被告は、本件荷物を引き受けるに際し、その品名の記載がなく、宅配便約款第三条に基づく損害賠償責任限度額を金三〇万円と定めて表示し、その前提で運送を引き受けたものであるから、運送品の滅失により通常生じるべき損害は金三〇万円を限度とするものであり、これを超える損害を生じたとしても、被告にはその予見可能性のない特別損害というべきであるから、被告が不法行為に基づきその損害を賠償すべき義務があるとしても金三〇万円が限度である。

5  (被害者側の過失による過失相殺の抗弁)

原告及び鈴木工芸は、いずれも商人であり、かつ、自己の営業の範囲内において寄託を受けた者であるから、善良な管理者の注意をもって、寄託物である本件宝石を保管する義務を負うものであり(商法第五九三条)、鈴木工芸が本件宝石を依頼するに当たっては被告の引受拒絶品であることを秘し、被告が金三〇万円を超えて損害賠償責任を負担しないことを前提として被告をしてその運送の引受をさせたものであるから、鈴木工芸の過失は被害者側の過失として民法七二二条により過失相殺されるべきであり、また、原告は本件宝石を善良な管理者の注意をもって保管すべき義務を有しており、鈴木工芸に対して宝石等の高価品を送るときはペリカン便を利用してはならない旨の指示をし、その実行を監督すべき義務があるのにこれを怠り、鈴木工芸にペリカン便を利用するに任せていた過失があるから過失相殺されるべきであり、そうすると、被告の原告に対する責任は金三〇万円を超えることはない。

五被告の主張に対する原告の反論及び抗弁に対する認否

1  (重過失について)

本件宝石の紛失は、被告の支配下において生じたものであり運送を委託した者あるいはその所有者においてその紛失がどのように生じたかを特定し、故意又は重過失の存在を明らかにすることは困難であり、低廉とはいえ有償である以上、紛失の経緯が明らかにできない場合は被告において重過失のないことを立証すべきであり、右立証がないかぎり、重過失を認めるべきである。

2  (不法行為責任の存在について)

債務不履行責任と不法行為責任とは競合し、運送品の所有者にこれを弁償して損害を被った原告のような者に対しても不法行為責任は成立すると言うべきである。また、不法行為責任を負うのは契約本来の目的を著しく逸脱する態様の場合に限られず、仮にそうだとしても、運送品が運送の過程で紛失し、その経緯が全く分からないというのは、運送品の取扱上通常予想される事態ではなく、契約本来の目的を著しく逸脱する態様において運送品の滅失が生じた場合に該当するというべきである。

3  (宅配便約款等の準用又は類推適用について)

被告の宅配便約款は、債務不履行責任のみに適用されるべきであり、不法行為責任に準用又は類推することはできない。仮に適用されるとしても通常予想される事態に限られ、本件のように運送過程で紛失し、その経緯が全く判明しないような場合には適用されない。

4  (責任限度超過と予見可能性について)

不法行為により目的物が滅失した場合の通常損害は、その物自体であり、その滅失時における交換価格がその賠償額の基準となるべきであるから、予見可能性は問題とならない。仮に特別損害であるとしても被告は予見が可能であった。

5  (被害者側の過失について)

鈴木工芸が被告に対し運送品の内容を明らかにしなくても、過失があるとは言えない。仮に鈴木工芸に過失があるとしても原告とは別個独立した会社であり、被害者側の過失に当たらない。また、鈴木工芸から原告に対しこれまでも三回にわたりペリカン便により無事故で配達されているのであるから、本件宝石をペリカン便で運送したからといって、鈴木工芸及び原告に過失があるとは言えない。

六主要な争点

1  被告の運送過程における本件宝石の紛失の存否

2  被告の原告に対する不法行為責任の存否

3  約款の規定による免責の存否

4  被告の責任の範囲

5  過失相殺の存否及び金額

第三当裁判所の判断

一被告の運送過程における本件宝石の紛失の存否について

証人鈴木利明の証言、原告代表者本人尋問の結果及び括弧内記載の各書証並びに弁論の全趣旨によれば次の事実を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

1  原告は貴金属の卸売・販売・加工等を目的とする株式会社であるところ(原告代表者本人一項)、原告は新日本宝石の藤崎デパートのテナントにダイヤの裸石一個(原告の設定価格金八五〇万円)を売却し、藤崎デパートは客である真山順一に掛売りで右ダイヤを金三七三万円及び消費税一一万一九〇〇円の合計金三八四万一九〇〇円で売却した(〈書証番号略〉、原告代表者七、八項)。

2  原告は右真山から新日本宝石を通じて本件ダイヤリング加工の依頼を受けて、これを同人から預かり、平成元年七月六日、原告設立当初から原告と取引のあった館山の鈴木工芸こと鈴木利明の工場に本件ダイヤ及び同じく加工の依頼を受けていた色石(赤色)を佐川急便で送り(原告代表者二項、九項、証人鈴木利明六項)、鈴木工芸は、右ダイヤ及び色石に枠加工を施したが、ダイヤの加工賃は金四万円であった(証人鈴木利明二二項、原告代表者一七項)。

3  鈴木工芸は、納品予定日が平成元年七月二四日であったことから、翌日に間に合うように、同月二三日、房州通運を通じて被告のペリカン便に本件ダイヤと色石(赤色)の指環一個(金一〇万円相当)を茶封筒に入れ更に一〇センチメートル四方ほどの箱に入れて、原告宛てに運送するよう委託した(証人鈴木利明五ないし七項、一〇項、原告代表者九ないし一一項、二一項、〈書証番号略〉)。

4  房州通運で右荷物を受付した後は、被告の千葉ターミナルにトラックで運ばれ、更に同所で仕訳され、東京中央ターミナルにバン型の専用車で配送されたことまでは確認できたが、その後、本件荷物の送付先である原告にまで配達されなかった(証人大野英夫二頁、八頁)。原告は翌々日である二五日になっても荷物が着かないので、鈴木工芸に連絡したところ、既に房州通運に荷送を依頼した旨の返事であったので、原告は鈴木工芸に調査を依頼したところ、紛失したことが判明した(原告代表者一一、一二項、証人鈴木利明一一項)。

5  原告は、真山から預かった本件ダイヤを同人に返還できなくなったことから、藤崎に対する同人の決済期日である平成元年九月二八日に、同人に代わって前記代金三八四万一九〇〇円を藤崎に振り込んで支払った。また、色石は、原告の経験的な判断で金一〇万円と評価し、同金額相当の品物を所有者に交付して済ませた(〈書証番号略〉、原告代表者一五項、三七項)。

以上の事実によれば、鈴木工芸が被告に依頼した荷物の中には原告の主張するリングを加工した本件ダイヤ一個及びルビーではないが、金一〇万円相当と思料される赤色の宝石が入れられていたものと認めるのが相当である(以下これらを「本件宝石」という。)。なお、原告が本件宝石の紛失により被った損害は、原告が真山に代わって藤崎に支払った金三八四万一九〇〇円、鈴木工芸が本件ダイヤに付加した加工賃金四万円、赤色石相当価額金一〇万円の合計金三九八万一九〇〇円であると認められ、原告が主張する加工代金として得べかりし利益金一五万円については加工賃に比べ異常に高額であり、これを認めるに足りる証拠はなく、本件ダイヤに付加された実質的な価値である右金四万円の限度で原告の損害と見るのが相当である。

二被告の原告に対する不法行為責任の存否

ところで、被告に対し本件宝石の運送を依頼したのは鈴木工芸こと鈴木利明であり、原告と被告との間に契約関係はない。そこで、原告のように所有者から加工のために依頼を受けて運送の目的物を保管していた者に対し、運送業者が不法行為責任を負担するかについて検討する。

運送契約の目的物である運送品の滅失毀損については、その特殊性に鑑み、商法五七七条ないし五八一条においてその特則を定めており、当該規定は運送人の債務不履行責任を限定する趣旨の規定であることを考えると、これとは別個に不法行為責任を認めることは、右の趣旨を失わせるおそれがあると言える。しかし、他方、債務不履行と不法行為ではその要件、効果を異にし、そのいずれの要件事実を主張立証するかは本来自由であり、不法行為の要件を満たしている場合でも債務不履行の主張しか許さないとするためには、不法行為の主張を一切認めないことが相当と認められる場合に限られるべきであり、運送契約の特殊性というのみでは、いかなる事情があっても不法行為に基づく損害賠償請求ができないとする理由にはならないと言うべきである。したがって原則として、運送契約においても債務不履行責任と不法行為責任とは競合すると解すべきである。

ところで被告は、債務不履行責任と不法行為責任との競合を認めるとしても、常に競合を認めるのは相当ではなく、運送品の取扱上通常予想される事態ではなく、契約本来の目的を著しく逸脱する態様において、運送品の滅失毀損が生じた場合には、運送人に対する債務不履行に基づく損害賠償請求権と不法行為に基づく損害賠償請求権との競合が認められるけれども、そうでない場合には、債務不履行責任のみが認められ、不法行為に基づく損害賠償請求はできないものと解すべきであると主張するのであるが、その場合何が通常予想される事態に含まれ、何が著しい逸脱に該当するかが判然としないこと、そのような要件で区別する理論的根拠が明らかでないこと、右のような事態や態様でなくても故意又は重過失の場合には不法行為責任を認めるべきであることなどを考えると、被告主張のように不法行為責任を限定するのは相当でなく、一般的には不法行為との競合を肯定した上で、個別具体的に不法行為の成否を検討すべきである(最高裁昭和四四年一〇月二二日第一小法廷判決参照)。

三約款の規定による免責の存否

被告は、仮に不法行為責任が認められるとしても、宅配便約款等の準用又は類推適用により免責されるべきであると主張するので、まずこの点について検討する。

証人大野英夫の証言及び、〈書証番号略〉によれば、被告の主張3の約款の内容及びその趣旨が記載のとおりであることが認められる。ところで、右約款によれば、「荷物一個の内容品の価格が三〇万円をこえるもの」及び「ダイヤモンドなどの宝石類」については引受を拒絶できるものとされており、宅配業者としては、右約款の規定により、その種類及び価格を明告すると否とに関わらず、引き受けることもできるし、引受を拒絶することもできることになっている。約款も「引受けを拒絶することがあります」との文言を用いており、品名及び価格の記入のないとき及び引受制限荷物の範囲に属する記載がされたときは一律に拒絶することもできるし、すべて引き受けることも可能であり、したがって宅配便の利用者においては、みずから積極的に引受制限荷物に該当するかを判断し、これを告知する義務を負うものとは解せられない。そして引受制限荷物に該当するか否かについて何等の確認もされず、品名及び価格が空欄のまま受理されたような場合は、引受制限荷物であっても運送する意思であると推認され、その具体的な品名及び価格を確認していないことをもって「その旨を知らずに運送を引き受けた」ということはできないと解すべきである。したがって、右約款の規定が仮に不法行為について類推されるとしても、その免責事由に該当するか否かは個別具体的判断に委ねられると言うべきである。

そこで以下この点を含めて被告に原告が主張するような重過失が存するかにつき具体的に検討すると、証人鈴木利明、同大野英夫、同板倉猪三郎の各証言、原告代表者本人尋問の結果及び括弧内記載の各書証並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

1  鈴木工芸こと鈴木利明は、原告に対し、これまでに三回にわたりペリカン便で宝石類を送ったことがあり(〈書証番号略〉)、本件は四回目であったが、右鈴木はこれまでと同じく房州通運に赴き、所定のペリカン便用の原票に、依頼主である鈴木工芸の住所、名前、電話番号、届先である原告の配送先の住所、名前、電話番号を記入し、品名欄及びお荷物の価格欄はいずれも空欄のままでこれを房州通運に提出した。原票の届先の住所、名前についてもこれまでの三回と同様明確に記入されていた。鈴木は三回目及び本件においては、原票に三〇万円を超える高価な品物は引受けない旨の記載があることに気が付いていたが、これに対し、房州通運の担当者は過去の三回を含めて品名及び価格の記入を求めなかったので、右の印刷記載はあるものの、もし事故が起きれば補償してもらえると考えていた(〈書証番号略〉、証人鈴木利明三ないし一〇項、一六項)。

2  本件宝石は、千葉ターミナルで自動車に積み込み、東京中央ターミナルで仕分けのため卸下したと推認され、東京中央ターミナルにおける補助票F2による入力がないことから、同所で紛失した可能性が大きい。具体的な紛失経路としては、東京中央ターミナルにおいて盗難にあったこと、本件荷物に貼られた原票が剥離脱落し、又は、形状が小さいので他の荷物にはさまって、他の荷物に紛れ込み、別の行き先に送られたことなどが可能性として考えられる(弁論の全趣旨、証人大野英夫三六ないし三八頁、四一頁、証人板倉猪三郎二〇ないし二八頁)。

3  本件宝石が紛失したと考えられる被告の東京自動車支店東京中央ターミナルにおいては、当時一日につき約一〇万ないし一五万個の到着貨物を受け入れ、コンピュータ管理により高速自動仕分け処理を行っており、敷地も広く、出入りする自動車も多く、直接ターミナルに荷物を持ってくる客もあるため、完全にターミナル内から第三者を締め出すことはできず、特に身分の確認をすることなく、構内への立ち入りを認めているため、カメラの設置などをしているも、なお盗難を完全に防止することは難しい状況にある。また、原票が絶対に剥離しないようにすることも、その費用を併せ考えると困難である(証人板倉猪三郎八ないし二八頁、〈書証番号略〉)。

4  被告のペリカン便について、昭和六三年四月から平成元年三月までの一年間に保険給付を行った事例は三七六六件であり、同期間中の発送個数の総数である二億五五五〇万二〇〇〇個の0.001474パーセント(〈書証番号略〉)、平成二年一月の一か月間に取り扱ったペリカン便荷物の総数八六三万七一三九個に対し、紛失・盗難・未着の個数は一三八個であり、0.001597パーセントとなる。右の内紛失・盗難のみでは八個のみであり、僅かに0.000092パーセントである(〈書証番号略〉、証人板倉猪三郎二九ないし三一頁)。

まず、約款の準用による免責について検討すると、右認定の事実によれば、被告の代理店である房州通運は、本件宝石を引き受けるに際し、鈴木利明に対し、本件宝石を内容とする本件荷物が引受制限荷物に該当するか否かについて確認をした事実は認められず、品名及び価格が空欄のままであるのに関わらず、その記入を求めた事実も認めることはできない。そして本件の依頼主及びお届先の名称は「工芸」あるいは「宝飾」と記載され、引受制限荷物であることが全く予想できないようなケースではないこと、当該荷物が引受制限荷物か否かは房州通運において極めて容易に確認することが可能であったことを併せ考えると、引受制限荷物であっても運送する意思を有していたものと推認され、したがって、引受制限荷物であることを知っていれば引受を拒絶したと認められる事実が立証されない限り、その具体的な品名及び価格を確認していないことをもって「その旨を知らずに運送を引き受けた」ということはできないと解すべきであるところ、房州通運において引受制限荷物であることを知っていれば引受を拒絶した事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、仮に不法行為に約款の趣旨を準用できるとしても、本件において免責を認めることはできないというべきである。

ところで、原告は代理店である房州通運に対する指導監督上の重過失と被告の運送管理上の重過失とを併せて主張しているが、前者の重過失については、確かに本件宝石を引受拒絶品であるとしてその運送を拒絶していれば、ペリカン便で本件宝石を運ぶこともなく、したがって紛失することもなかったのであるから紛失とこれを房州通運が引き受けたこととの間には条件関係は存在するが、しかし、仮に引き受けたとしても、これが紛失する確率は右認定のとおり極めて僅かであるから、引受を拒絶しなかったことと本件宝石の紛失との間には相当因果関係を認めることはできず、したがって、後者の被告の運送管理上の責任のみが問題となる。そして右認定の事実及び前記認定の事実並びに争いのない事実を総合すると、確かに原告の主張するように大量の貨物を短時間に低廉な料金で処理する宅配便においては、紛失・盗難・未着等を完全になくすことは極めて困難であり、確率的には一定数の紛失はやむを得ない点があることは認められる。しかし、それはあくまで確率の問題として言えることであり、個々の荷送人又は目的物の所有者にとっては当該荷物のみが誤りなく荷受人に配送されることを前提として運送人に委託するのであり、これが紛失して行方不明となり、紛失経路も不明であるということは、運送品の取扱上通常予想される事態とは言えず、また、宅配便においては、これを利用するのは主として一般消費者であり、運送品が宅配便業者の仕分け業務中に紛失した場合において、一般利用者がその紛失の経緯及び宅配便業者の故意又は重過失を立証することは極めて困難であり、その半面、宅配業者においては、自己の支配領域内で生じた紛失等については、そのシステムを合理化することにより、紛失等を完全に防止することまではできないとしても、紛失等の経緯を把握した上、これを明らかにすることは必要かつ可能であると考えられることを併せ考えると、当該紛失がもっぱら宅配便業者の支配領域内で発生したもので、その紛失自体に荷送人又は荷受人若しくは所有者の責任が認められず、かつ第三者の責任も具体的に推測されないときは、宅配便業者の重過失が推認され、宅配便業者において、故意又は重過失のないことを立証しない限り、少なくとも重過失があるものとして、その責めに任ずべきである。そしてこれを本件について見ると、鈴木工芸は送り状の宛先を正確に表示しており、その記載の不正確性が紛失の原因とは考えられないこと、また本件荷物の依頼原票は被告側で準備されたもので、鈴木工芸が本件荷物に右原票をしっかりと貼らなかった事実は認められないこと、本件荷物は原告の支配下に到達する以前の被告の配送センター内で発生したと推認されること、本件紛失に関し被害届けは提出されているが、未だ具体的な手がかりはなく、盗難など第三者の関与も具体的には推測されないこと、被告からは紛失の原因が不明であるというのみで何等被告の責任が不存在である又は軽過失であると推測されるような具体的事実は示されていないことが認められ、以上の事実によれば、被告は重過失があるものとして、原告に対し、損害賠償責任を負わねばならないというべきである。

四責任限度超過と予見可能性の欠如について

次に責任の範囲について見ると、被告は、本件荷物を引き受けるに際し、その品名、価額の記載がなく、宅配便約款第三条に基づく損害賠償責任限度額を金三〇万円と定めて表示し、その前提で運送を引き受けたものであるから、運送品の滅失による通常損害は金三〇万円を限度とするもので、これを超える損害は被告に予見可能性のない特別損害であるから、被告が賠償すべき金額は、金三〇万円が限度であるというのであるが、前記認定のとおり、本件においては、房州通運において、本件運送にかかる物品が金三〇万円の範囲を超えることについて、予見可能性がなかったということはできず、仮にこれを特別損害であるとしても、被告はその損害について賠償する義務を免れることはできないと言うべきである。

五被害者側の過失による過失相殺の抗弁について

証人鈴木利明、同大野英夫の証言、原告代表者本人尋問の結果及び括弧内記載の各書証並びに前記認定の事実によれば、次の事実を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

1  鈴木工芸は、過去一六年間、もっぱら原告の依頼により宝石の加工、修理等の業務を行ってきたもので、これまでも原告と鈴木工芸との間では、佐川急便、ペリカン便などの宅配便を利用して、高価品である宝石類の輸送を行ってきていた。鈴木工芸がペリカン便を利用して原告に宝石類を送付したのは本件で四回目であるが、宝石類を宅配便で運送することについて原告は特に異議を述べたりすることはなく、原告自身も宅配便を利用して鈴木工芸に宝石類を送付していた。本件宝石はいずれも原告がその所有者から加工のため有償で預かり保管していたもので、当該所有者に対する関係では、原告及び鈴木工芸ともに善良な管理者の注意をもって保管すべき義務を有していた。

2  鈴木工芸は、原告に本件宝石を送付するに際して、原告に対し、ペリカン便を利用することをあらかじめ告知しており、原告は本件宝石がペリカン便で送られることを承諾していた。鈴木工芸は本件宝石が金額にして金三〇万円を超えること及びペリカン便の責任限度額が金三〇万円であることの伝票(〈書証番号略〉)の記載のあることは認識していた。

3  全国の各宅配便業者は、標準約款に基づき、概ね責任限度額を定めており、その金額は金二〇万円ないし金四〇万円となっている。また、宝石類について、これを制限品目に明記する業者とそうでない業者があるが、全体としては貴金属、宝石類を金額とは別個独立して制限品目に携記するものが多数を占めている(〈書証番号略〉)。

4  房州通運では、標準宅配便約款(〈書証番号略〉)及びペリカン便の受付(締切)時間、営業時間、送れない品目、日数のかかる地域を記載した案内紙(〈書証番号略〉)を出入口の窓ガラスに張り付け、ペリカン便の利用者が閲覧できるようにしてあり(〈書証番号略〉)、また受付カウンターには通常〈書証番号略〉の用紙(シート)を備え付けて置くことになっている。被告千葉支店業務課長大野が平成二年八月二二日に同所を訪れた際には、〈書証番号略〉が表のものと裏のものと二枚カウンターに置いてあった。房州通運の加藤次長は本件当時もそのように置いてあったと述べていたが、直接に本件の運送を受け付けた担当者は既に退職しており、受付当時の状況は確認できていない(証人大野英夫一〇ないし一四頁)。〈書証番号略〉の一面には「受付できないお荷物は下の通りです。」と記載され、全部で九項目の品目が記載されているほか、「お荷物の価格は三〇万円が限度です(消費税込み)」との記載があり、そのうち金額については特に「30」と太い大きな文字で表示されている。右九項目の中には「ダイヤモンドなどの宝石類」が含まれている。

5  ペリカン便による運送契約及び各種伝票は、〈書証番号略〉の伝票セットが定型のものとして使用されており、本件運送もこれによっている。右伝票セットは八連式で、運送を依頼する者はその一枚目に記入し、順次カーボンにより下に複写されるようになっており、その一枚目は、荷送人に交付される。そして二枚目から四枚目までが取扱店である房州通運に残され、五枚目以降が荷物に貼付されて荷物とともに移動する(証人大野英夫四、五頁)。右票の一枚目表の記載欄の左側には記入上の注意が記載され、その左側に小さい文字で、「お荷物の価格を必ずご記入ください。ペリカン便では30万円を超える高価な品物はお引受けいたしません。万一ご出荷されましても損害賠償の責を負いかねます。その他は宅配便約款によります。」と印刷されており、そのうち「ペリカン便では30万円を超える高価な品物はお引受けいたしません。」との文字がやや太めのゴシック体で記載されている(〈書証番号略〉)。

6  原告は、鈴木工芸に対する関係では債務不履行を理由として損害賠償を求め得る立場にあり、鈴木工芸は被告に対し債務不履行を理由として損害賠償を求め得る立場にあり、本来、原告は鈴木工芸に請求し、鈴木工芸が被告に請求するのが通常と考えられるところ、今回、原告が直接所有者に対する損害賠償を履行したことにより、所有者に代位して本件訴えを提起したのは、原告が弁償したことにより所有者から鈴木工芸に請求が行くことがなくなったこと、鈴木工芸は鈴木利明が一人で営業をしており、訴訟をする時間がないことによるものであり、また原告は、同種の紛失事故で株式会社粋美が被告から五七万円全額の賠償を受けたことを聞いて、同社との公平の観点から本件請求に及んだものであるが(原告代表者一六項、三二ないし三五項、三九ないし四一項)、粋美の場合、品名欄に「アクセサリー」との記載があり(〈書証番号略〉)、かつ、粋美は品川の西友ストア内に店舗を持つ宝石、貴金属を扱う業者であり、被告の西友ストア内の取扱店は粋美で取り扱う品物をよく知りながら運送を受諾していた。そうした事情から被告は粋美に金五四万九三九一円を支払った(〈書証番号略〉、証人大野英夫二四ないし二八頁)。

以上の事実によれば、原告は、鈴木工芸がペリカン便で本件宝石を運送することを承諾しており、ペリカン便を利用したことについて鈴木工芸に責任を求め得ない立場にあり、これを求める意思もないと推認されること、原告は鈴木工芸に代わって被告に請求しており、法的には債権者代位の構成はとっていないものの、実質的には鈴木工芸に対する債権者の立場から被告に債務不履行を理由として請求する場合と同視すべき関係に立っていること、原告も鈴木工芸が一人で営業しており時間がないことから本件請求をしたものであることが認められ、もし鈴木工芸の過失を考慮しないとすれば後日に原告に対する関係で鈴木工芸と被告とが共同不法行為の関係に立つことから被告が過失の程度に応じて鈴木工芸に求償できることになり、その場合は、改めて鈴木工芸と原告との間で不当利得等の問題を生じさせることなどの諸事情を総合考慮すると、鈴木工芸の過失についても原告側の過失としてこれを考慮して損害の公平な分担を図るのが相当であると解すべきである。そして以上に認定した事実及び前記認定の諸事情を総合的に考えると、原告側の過失の程度は被告に対する関係でその六割と評価するのが相当である。そして本件宝石の紛失と相当因果関係にある原告の損害は、前期1記載のとおり、合計金三九八万一九〇〇円であると認めるのが相当であるから、その六割を過失相殺として控除すると、被告が不法行為に基づき原告に支払うべき金額は、右金額の四割である金一五九万二七六〇円となる。そして右の金額の一割の限度で弁護士費用も相当因果関係にある損害と認めるのが相当であり、これを金額にすると金一五万九二七六円となる。したがってその合計額である金一七五万二〇三六円が被告が原告に賠償すべき損害額となる。

第四結論

以上によれば、本件請求は金一七五万二〇三六円及び内金一五九万二七六〇円に対する不法行為の日である平成元年七月二三日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用はこれを五分し、その二を被告の負担とし、その余を原告の負担とし、仮執行については相当でないのでこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官大塚正之)

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